「横浜みなとみらい21」は、横浜市西区と中区にまたがるウォーターフロントの再開発地区で、1983年から整備が進められている計画都市です。
もともとは造船所や貨物駅などの港湾施設がありましたが、横浜の都心部を一体化させて都市機能を強化するために再開発されました。
今回は横浜みなとみらい21の中心部に位置する造船所跡地周辺を歩きます🚶🏻➡️
みなとみらい駅

ホームに立つと横浜DeNAベイスターズデザインの大きな柱が目を引きます。
地下駅なのに天井が高くて未来的ですね。



みなとみらい駅の構内は海をイメージさせる青色の設備が目立ちます。

横浜高速鉄道みなとみらい線「みなとみらい駅」は、「横浜みなとみらい21」再開発エリアの中央部に位置する駅で、平成16年(2004年)2月1日のみなとみらい線の開通と同時に開業しました。
本日は3番出口からスタートします。

駅直結の商業施設「マークイズみなとみらい」には「みなとみらい勝利神社」が鎮座しています。
全てのスポーツを愛する人の必勝祈願を応援する神社ですが、特に横浜DeNAベイスターズファンの方は立ち寄りたいスポットですね!
旧横浜船渠株式会社 第二号船渠

横浜船渠はかつて横浜市にあった造船所であり、後に三菱重工業と合併して三菱重工業横浜船渠となり、その後、三菱重工業横浜造船所に名称変更しました。
そして、昭和58年(1983年)に造船所が本牧地区へ移転し、跡地は「横浜みなとみらい21」として再開発されたのですが、第一号船渠と第二号船渠は敷地内に残され、国の重要文化財に指定されました。
「船渠」とは船の建造や修理を行う施設のことで「ドック」とも呼ばれます。

第二号船渠は1896年(明治29年)に竣工した日本に現存する最古の商船用石造り船渠です。
隣接するランドマークタワーの建設に合わせて保存修理され、現在は「ドックヤードガーデン」としてイベントスペースやイルミネーション、プロジェクションマッピングなどに活用されています。

船渠と海を仕切る扉船(船渠側を2分の1サイズで復元したもの)です。

扉船を浮かしたり沈めたりして海と船渠を仕切っていたんですね。

船渠内に海水があった証拠として、壁面にフジツボが付着している部分がありますので探してみて下さいね。

階段で下まで降りると迫力満点です!
まさか、ランドマークタワーの足元にこんな文化財が残されているとは・・
まるで古代遺跡を探検しているような気分です。

船渠の周囲は「みらい横丁」というお洒落な飲食店街になっています。

重要文化財なのに飲食店にしちゃって大丈夫!? とも思いますが、横浜の歴史を感じながら世界の港町の酒場横丁を楽しめる隠れ家的なスポットになっています。
日本丸メモリアルパーク

旧横浜船渠株式会社 エアー・コンプレッサー

この エアー・コンプレッサー(空気圧縮機)は、横浜船渠が造船事業に進出する際にアメリカから購入したものです。造船所が移転するまでの約65年間使用されました。
リベット・ハンマーをはじめ、所内各工場のさまざまな機械の動力となる圧縮空気をこのコンプレッサーから贈っていたそうです。

こちらは別の場所にあった同型機と思われるものです。後ろはこんな感じになっています。
旧横浜船渠株式会社 第一号船渠

第二号船渠に隣接する第一号船渠は、第二号船渠竣工の2年後にあたる1898年(明治31年)に竣工しました。
修理用として急ぐ必要があった第二号船渠の方が優先して先に造られ、船の大型化に対応するために設計を練り直してから建設された第一号船渠の方が後になったそうです。

建設当初の第一号船渠は総長約168メートルを有する国内最大規模の船渠でした。
そして、大正期の改修でさらに拡張して総長は約204メートルとなりました!

第一号船渠とその周辺は「日本丸メモリアルパーク」として整備され、「帆船日本丸」が係留されています。
第二号船渠と同様、国の重要文化財に指定されています。
帆船日本丸

帆船日本丸は全国の商船学校の練習船として昭和5年(1930年)に建造されました。
その後約54年間余りにわたって実習訓練を行い、海の若人を育て、昭和59年(1984年)に引退しました。
その美しい姿から「太平洋の白鳥」や「海の貴婦人」と呼ばれていたそうです。
平成29年(2017年)には、国の重要文化財に指定されています。
現在は「日本丸メモリアルパーク」に保存され、船内を見学できます(大人400円)

通常は帆は畳まれていますが、29枚全ての帆を広げる総帆展帆が年12回実施されています。

1984年までの54年間に地球45.4周分(延べ183万km)の距離を航海し、約11,500人の実習生を育てました。

1部屋8人で生活する実習生室はかなり狭い部屋ですが、実習生にとっては憩いの場所です。
ベッドの大きさは、長さ185cm、幅65cmと特に幅が小さめです。


通路は狭くて歴史を感じますね。

機関室はスクリュープロペラを動かすために、中央に600馬力の主機関(メインエンジン)がります。
ボイラーから発生した蒸気は各所の浴室や調理室に送られ、冬期の船内も暖房はこの蒸気で行われていました。

船長公室はソファーやテーブルが置かれていて格式ある雰囲気ですね。
ここで海図を広げて航路を検討したり、打ち合わせをしたりしていた様子が目に浮かびます。

思わず写真を撮りたくなる優美な階段があります。
木材のあたたかい質感と曲線美が特徴的で、海外の洋館にありそうな階段です。

マストやロープが張り巡らされた甲板上はとても開放的で、風を感じながら船のスケールを体感できます。
ここで実習生たちが帆を広げたり、ロープを操作したり、訓練の中心的な活動が行われていました。

帆走中は舵輪で舵をとります。
帆の状態を見ながら舵をとるので、舵輪は船の一番後ろに置かれています。
普段は2名で行いますが、海が荒れてくると舵が重くなるため、後ろ側の舵輪も使用して4名で行うそうです。

国指定重要文化財「帆船日本丸」は見どころが沢山あってお勧めです。
大海原を航海していた頃の訓練の様子や日本丸のあゆみを写真や船用品、音声解説等で紹介されていてとても勉強になりました。
上皇上皇后両陛下 行幸啓記念碑

平成29年(2017年)7月17日(海の日)、当時の天皇皇后両陛下が帆船日本丸を訪問された際に皇后さまが詠んだ歌を記した記念碑です。
『うみ風を求め旅行く若きらを帆船は待つ月の港に』
帆船日本丸のスクリュープロペラ

日本丸メモリアルパーク内の訓練センター入口前に帆船日本丸のスクリュープロペラが展示されています。
帆船日本丸はディーゼル主機関を右舷と左舷に備えています。
このプロペラは昭和4年製で、左舷機用の予備のプロペラです。
金色に美しく輝いていますね✨
横浜みなと博物館

日本丸メモリアルパークにある「横浜みなと博物館」は令和4年(2022年)にリニューアルしたばかりの新しい博物館です。
撮影禁止のゾーンが多くて画像がありませんが、館内は意外に広くて展示物も充実しています。
「歴史と暮らしのなかの横浜港」をメインテーマに、横浜港の歴史や仕組みと役割について価値ある展示や映像によって知ることができます。
有料(大人500円)ですが、お勧めの観光スポットです。

みなとみらい21埋め立て事業 礎石


1983年(昭和58年)に三菱重工業横浜造船所の移転が完了し、みなとみらい21事業が着工されました。
1984年(昭和59年)2月14日の埋立事業礎石沈定式では、工事の安全祈願と本格的な着工を記念して、礎石が埋立地の海中に埋められました。
その後、礎石は引き上げられ、この場所に記念として設置されました。

僅か40年で随分変わりましたね。
大さん橋を支えてきた螺旋杭(スクリューパイル)


現在の大さん橋の前身である鉄桟橋を支えた杭が展示されています。
明治27年(1894年)の横浜港第一期築港工事で建設された鉄桟橋は海底にねじり込まれた505本の螺旋杭(スクリューパイル)で支えられていました。
この杭はイギリス製で、直径約30cm、長さ約16~20mありました。

この杭は1994年の再整備工事まで約100年間にわたって鉄桟橋を支え続けました。
明治時代、こんな大きな杭を人力で海底にねじ込んでいたなんて、当時の人々の努力に感服します。
また、この杭のおかげで大型船の接岸が可能にとなり、横浜港が国際港としての地位を築いたと考えると、横浜の歴史を支えた英雄とも言える存在ですね。
横浜船渠株式会社 第一号・第二号ドック用排水ポンプ・カバー

横浜船渠株式会社が第一号・第二号ドック内の水を排水するため、1899年にイギリスから購入した排水ポンプとカバーが展示してあります。
修理を重ねながら約85年間にわたってドックの排水機能を担ってきました。
ポンプは第一号ドックと第二号ドックの間の海寄りに造られた地下ポンプ室に2基設置されていました。
第一号ドックの付属として、平成12年(2000年)12月4日に国の重要文化財に指定されました。
重要文化財の割には目立たない場所にひっそりおいてありますが、これは横浜港の造船の歴史に欠かせない設備として光を当てても良い史跡だと思います。

日本丸メモリアルパークを後にして桜木町駅へ向かいます。
横浜みなと博物館の屋上部分にあたる広場は、みなとみらい21の象徴であるインターコンチネンタルホテルと大観覧車コスモクロック21も見えるフォトスポットです📸
JR桜木町駅

鉄道発祥の地、JR桜木町駅です。
本日はここまでとなります。
みなとみらい21の中心部にあたる造船所跡には横浜港の歴史を感じるスポットが沢山ありましたね。
グルメやショッピングだけでなく、潮風を感じながらの街歩きにも最適なエリアでした。


にほんブログ村