明治5年(1872年)、日本で最初の鉄道が新橋〜横浜間で開通しました。
今回は “ 鉄道発祥の地 ” 「新橋」周辺を探索し、鉄道の歴史に触れる散歩旅です。

SL広場(新橋駅西口広場)

新橋駅は7つの路線(JR山手線・京浜東北線・東海道線・横須賀線、東京メトロ銀座線、都営浅草線、ゆりかもめ)が交わる巨大ターミナル駅です。
JR新橋駅のホームから見えるSL広場には休日にもかかわらず、多くの人々が行き交っています。

駅前のシンボルであるC11形蒸気機関車は、日本初の鉄道(新橋~横浜間)が開業して100周年にあたる昭和47年10月14日に設置されました。

このC11型蒸気機関車は日本中で活躍した蒸気機関車の代名詞的な存在ですが、SL広場に設置されている車両(292号機)は引退直前まで兵庫県姫路市から運ばれてきたものです。
また、毎日12時、15時、18時の計3回、録音された本物の汽笛が鳴り響きます。

C11蒸気機関車の左側面に築かれた石垣は、平成31年4月に品川駅改良工事の際に発見された「高輪築堤」を再現したものです。

高輪築堤とは、明治5年に新橋〜横浜間に鉄道を通した際に「海の上に線路を通すために築かれた堤防」のことで、原物の高輪築堤は3.8メートルの高さがありました。
SL広場のモニュメントは、原物の上部約1メートル部分の石積みを再現したものです。
高輪築堤は長らく「記録にはあるが、どこにあるか分からない」幻の存在でしたが、品川駅周辺の再開発工事中に約800メートルもの長さで発見され、鉄道史・土木史上、極めて重要な遺構として大きな話題になりました。
そもそも、なぜ線路を海の上に造ったのでしょうか。
その最大の理由は、線路が通る予定だった場所に薩摩藩などの兵部省(軍部)の所有地があったためです。
「国防の要である土地に鉄道を通すなど言語道断」という軍部の強い拒絶にあい、やむを得ず「陸がダメなら海に造ればいい」という奇策に打って出たのです。
当時の鉄道優先派は大隈重信や伊藤博文、軍備優先派は西郷隆盛や山縣有朋でした。
何をもって国を強くするかの優先順位のぶつかり合いがあったのです。

また、新橋と言えば “ サラリーマンの街 ” として知られ、SL広場(新橋駅西口広場)はテレビの街頭インタビューの定番スポットです。
SL広場でインタビューが多いのはテレビ制作側の効率と演出に理由があります。
- 日本一「働く大人」の密度が高い場所であるため、景気や社会情勢への本音を拾いたいとき、ターゲットを探す手間が省ける。
- 特に夜は、お酒の力で口が軽くなった人々から、上司への愚痴や鋭いツッコミなど「撮れ高」の高いコメントが期待できる。
- 視聴者の間でも「新橋=サラリーマンの代表」というイメージが定着しているため、背景にSLが映るだけで「世論」としての説得力が生まれる。
- 日テレなどの主要局から近く、スタッフが即座に駆けつけられる。
インタビューする側にとって好都合な場所なんですね。

さらに、新橋駅前と言えば、「ニュー新橋ビル」が有名ですね。
1971年(昭和46年)竣工のこのビルは、白い格子のスクリーンで覆われた独特な見た目をしています。

そこは単なる雑居ビルではなく、もはや “ 昭和の熱量を閉じ込めたタイムカプセル ” と呼ぶにふさわしい魅力があります。
1階には多くの金券ショップがあり、交通の要衝 且つサラリーマンの街ならでは光景です。
また、地下1階はサラリーマンの胃袋を支えるB級グルメの宝庫、安くてお腹いっぱいになる飲食店で賑わっています。懐かしい昭和感がお好きな方は是非立ち寄ってみてください。
では、SL広場の反対側(東口)へ向かいましょう。
烏森駅開業時の柱

日比谷口を抜けていきましょう。


日比谷口改札前の通路に立つこの「柱」は、明治42年(1909年)12月の開業当時に使われていた柱です。
当時の駅名は「烏森駅(からすもりえき)」でした。
先述の通り、日本の鉄道は明治5年(1872年)に新橋~横浜間に開業したのですが、当時の新橋駅は現在の新橋駅よりもっと東側にあり、「新橋停車場」として親しまれました。現在の場所に駅が出来たのは鉄道開業から37年後のことであり、しかも「烏森駅」という駅名だったのです。
烏森駅誕生から5年後の大正3年(1914年)12月に「新橋駅」に改称されました。
この柱は、烏森駅として開業してから平成14年(2002年)の改修工事までの93年間、ホーム階段を支え続け、工事に伴い取り外された後も大切に保存されていました。
そして、令和4年(2022年)10月14日に鉄道開業150周年の「記念柱」として復活したのです。

また、この記念柱から海側に伸びる「床のライン」は新橋停車場があった方向を示しています。
この柱とラインの意味を知っている人がかなりの鉄道マニアと言えるでしょう。
鉄道唱歌の碑・D51機関車の動輪

銀座口を出たら南側の汐留口方面へ行ってみましょう。

サントリーの大きな看板の下に「D51機関車の動輪」と「鉄道唱歌の碑」が展示されています。

正面には「ゆりかもめ」の新橋駅がありますよ。

D51形蒸気機関車(愛称:デゴイチ)は、かつて日本中を駆け抜けた「機関車の代名詞」ともいえる名機です。
それまでのD50形を改良することで汎用性が高まり、日本の蒸気機関車で最多の1,115両が製造されました。
昭和50年のSL最後の運転まで重用された「デゴイチ」の動輪は、昭和51年から鉄道発祥の地である新橋駅に設置されています。

動輪の隣に展示されている「鉄道唱歌の碑」は、昭和32年10月4日の鉄道開通85周年記念日に鉄道唱歌の作詞家・大和田建樹 生誕100年を記念して新橋駅に建立されました。
『鉄道唱歌』とは、明治33年に発表された日本鉄道史上最大のメガヒット曲です。
全5巻・合計334番という膨大な歌詞で構成されています。
国鉄時代の連絡口案内板

続いては、地味な史跡(?)のご紹介です。
新橋駅前ビル2号館の南側歩道にある地下連絡口です。
ここに設置してある案内板の表記が未だに「国鉄」なのです。

「国鉄」は1987年に分割・民営化され東京ではJR東日本となり、「都営地下鉄」は2004年に民営化され東京メトロとなりました。今でもこの表記が見られる看板は珍しいため “ 昭和レトロスポット ” となっています。
ちなみに、「しんちか名店街」も2003年のリニューアルを機に「ウイング新橋」というオシャレなショッピングセンターに生まれ変わっています。
旧新橋停車場

旧新橋停車場へ向かいましょう🚶🏻➡️
JR新橋駅の銀座口から徒歩5分です。



開業当時の駅舎の実物は現存しませんが、遺構が良好な状態で発掘されたため、遺構を現地に埋め戻し、その直上に復元駅舎が建てられています。
外観は当時の写真にそっくりですが、背後に全面ガラス張りの高層ビル群に囲まれているところが時の流れを感じます。

館内には鉄道歴史展示室があり、発掘された駅舎基礎の石積みも見学することができます。
写真撮影は出来ませんが、入場無料なので是非見学してみて下さい。
企画展も毎回興味深い内容になっていますよ🚃

建物の裏手(ホーム跡)には、日本の鉄道の本当の出発点を示す「0哩(ゼロマイル)標識」が再現されています。150年以上前、ここから横浜(現・桜木町駅)へ向かって最初の一歩が踏み出されたと思うと、鉄道の歴史の重みがダイレクトに伝わってきますね。

創業当時、枕木やレールの台座は小石や砂の混じった土を被せられ、レールの頭だけが地表に出ていました。
その最大の理由は火災防止です。
当時の機関車が石炭を燃やして走るため、煙突から火の粉が飛び散ったり、火のついた石炭のカスが線路に落下するなどして枕木が燃えてしまう恐れがあったためです。
また、レールは上下対照の双頭レールだったため、レールを直接枕木に釘で打てないため、チェア(鉄製の台座)に差し込んで固定していました。
レールとチェアを安定させるためにも土砂で固めて横ズレを防止していたようです。
(現代のレールは底部が平らな平定レールです)

プラットホームは全長151.5メートル、幅9.1メートルありました。
駅舎寄りの25メートル部分が見事に再現されています。

また、埋め戻されたプラットホームの遺構を見学窓から確認することができます。

明治5年10月14日に開業した新橋停車場の駅舎は、西洋建築がまだ珍しかった時代の東京で偉容を誇っていました。

大正3年、新橋停車場に大きな転換点が訪れます。
東京駅が開業したことに伴い、東海道本線の起点として君臨してきた新橋駅(新橋停車場)は、その主役の座を東京駅に譲ることになったのです。
近隣にあった烏森駅は東京駅と繋がったことで大発展して新橋駅と改称されました。
その一方、初代新橋駅(新橋停車場)は貨物専用駅となり、駅名も汐留駅と改称されました。

文明開化の象徴として親しまれた旧駅舎は大正12年の関東大震災で焼失し、その後の改良工事でプラットホームや構内の諸施設も解体されました。
それでも汐留駅は東京の膨大な消費を支える貨物ターミナルとして、旅客駅時代とは別の意味で日本の近代化を支え続けました。
そして昭和61年、汐留駅はその使命を終えて廃止され、跡地の再開発工事に先立って行われた埋蔵文化財の発掘調査の結果、旧駅舎やプラットホームなど諸施設の礎石が発掘されました。

平成8年、駅舎とプラットホームの一部の遺構が『旧新橋停車場跡』として国の史跡として指定され、史跡を保護しつつ駅舎が復元されたのです。

まさに、この地は日本の鉄道発祥の地であり、日本近代化の物語が詰まっている場所と言えるでしょう。
検査業務開始の地

旧新橋停車場を出て次の目的地へ向かいましょう🚶🏻➡️
銀座東八丁目歩道橋を渡ります。

しばらく海岸通りを南へ進むと、銀座郵便局の前に「検査業務開始の地」碑が建っています。

明治9年6月17日、この地に工部省電信寮の碍子試験所が発足して電信用碍子の電気試験が行われた。これが我が国における近代的物品購入検査の始まりである。
検査100年を記念して 昭和51年6月 郵政省 日本電信電話公社
明治初期、日本の近代化を推し進めた中心組織は「工部省」でした。
そして、現在の汐留一帯は明治初期に工部省が鉄道や電信の拠点を置いた「近代化の最前線」でした。
工部省電信寮の碍子試験所が置かれ、外国から輸入した碍子(電柱などで電線を支える白い陶器の部品)の電気試験が行われました。
新橋停留所から目と鼻の先であるこの地に輸入物資の品質を担保すべく検査機関が置かれたのは、ここが東京の玄関口であり、海外からの最新技術や物資が最初になだれ込む場所だったからでしょう。
鉄道と検査業務は、共に日本の近代化を支えるために、この地で産声を上げた深い縁があるのです。
浜離宮前踏切

「検査業務開始の地」のすぐ傍に「浜離宮前踏切」が残されています。
この踏切は、かつて汐留駅(旧・新橋停車場)と築地市場を結んでいた貨物線の踏切です。

昭和に入り、日本最大級の市場である築地市場が開場すると、日本各地から貨物専用駅・汐留駅に集まった新鮮な魚介類や野菜を築地市場に運ぶための引き込み線が作られました。
最盛期には1日に150輛の貨物列車が通過したそうです。

長年、東京の台所を支えた貨物線でしたが、昭和62年の汐留駅の廃止に伴い、線路も撤去されることになりました。しかし、築地市場関係者や地元住民の熱意により、踏切の一部がモニュメントとして保存されることになったのです。
そして、現在は「銀座に残された唯一の鉄道踏切信号機」として観光スポットとなっています。
カレッタ汐留

折角、汐留まで来ましたのでカレッタ汐留の展望台に上ってみましょう。

カレッタ汐留は、かつての汐留貨物駅(旧新橋停車場)の跡地に建てられた、電通本社ビルを核とする大型複合商業施設です。
ここの46階には「スカイビュー(Sky View)」という無料展望スペースがあります!

眼下に見える「浜離宮恩賜公園」は江戸時代の大名庭園の姿を今に伝える特別名勝・特別史跡の日本庭園です。
緑豊かな庭園のすぐ脇を、かつて貨物列車がかすめて走っていたんですね。
奥にはレインボーブリッジやお台場・羽田空港など、東京湾を一望できますよ。

かつて貨物線路が引き込まれ、東京の台所となった築地市場の跡地では大規模再開発が進んでいます。
広大な跡地には5万人収容のスタジアムやホテル・マンションのほか、「空飛ぶクルマ」の発着ポートも計画されているそうです。

「スカイビュー(Sky View)」は吹き抜けになっており、47階からの窓枠越しの景色も映えますよ。

ちなみに、地下2階から46階へのシャトルエレベーターは陸側にありますので、昇降時に皇居方面の景色も楽しめます。
日本テレビ本社ビル

カレッタ汐留のすぐ隣に位置する日本テレビの本社ビルと言えば、スタジオジブリの宮崎駿監督がデザインした巨大な「日テレ大時計」が有名ですね。
『ハウルの動く城』を彷彿とさせる、どこか懐かしく生命力あふれる造形です。
定刻(平日は12時、13時、15時、18時、20時など)の数分前から音楽に合わせて人形たちが動き出します。
この日本テレビ本社ビルもまた「旧・汐留貨物駅(旧新橋停車場)の広大な跡地」を再開発して建てられた建物の一つです。


このビル周辺のデッキからは、無人運転の新交通システム「ゆりかもめ」が大きくカーブする姿や、「東海道新幹線」が低速で走る姿を見ることができます。
鉄道ファンでなくても、少しテンションが上がる場所ではないでしょうか。
日比谷神社

東新橋一丁目交差点の角に鎮座する日比谷神社は、もともと日比谷にありましたが、江戸城の拡張工事に伴い現在の東新橋付近に移転させられた歴史を持ちます。
さらに、明治時代には鉄道の敷設のために場所を追われ、新橋4丁目へ移転し、そして直近では2009年、環状2号線の建設のために現在の場所へと、合計3回も大きな引っ越しを経験しています。

日比谷神社のすぐ後ろを、JR山手線や京浜東北線、東海道新幹線が走り抜けていきます。
この線路こそが、大正3年に烏森駅(現・新橋駅)を巨大ターミナル駅へと押し上げた「高架線」そのものです。
この神社は時代に翻弄されながら、新橋・汐留の街の移り変わりを見つめてきた歴史スポットでもあるのです。

SL広場まで戻ってきました。
新橋周辺の散歩はいかがでしたか。
鉄道という西洋の輸送技術の発展が新橋・汐留エリアの歴史の原点です。
次の週末はサラリーマンのいないゆったりとして雰囲気の新橋周辺を歩いてみませんか。

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